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『平成の錦帯橋架け替え』と『真承』

松屋産業株式会社

代表取締役 松塚 展門

『真承』(しんしょう)おそらくどんな辞書を引いても存在しない単語です。錦帯橋に私が教わりました。

 この度、私は岩国建築協同組合の一員として、1673年に創建された錦帯橋の架け替え工事に参加させていただく機会に恵まれました。今から計画をし、2001年の暮れから2002年の春先までを現場での第1期工事とし、合計3度の冬を使って全体の掛け替えを完成させる予定です。
 ところで、錦帯橋の詳細な図面はありません。本来なら全体の図面や各部の詳細図が残っていても良さそうなものですがありません。昭和の架け替え直後には詳しい図面があったと聞いていますが、保存の過程で失われたものと思われます。キジヤ台風で流れた錦帯橋の図面をもとに現在の錦帯橋は再建されましたが、欄干や擬宝珠等を見直し、初期の錦帯橋の姿に戻してあると聞いています。
 古い図面としては1699年の図面があります。錦帯橋のバイブル的存在です。しかし、この図面は中央のアーチの側面図のみであり、やはり細部の状態は分かりません。歴代の掛け替えでは従前の部品を詳細にコピーし、新たな架橋に取り組んだのでしょう。考えてみれば、詳細な図面はなくても、コピーですから錦帯橋は造ることが出来たのだと思います。
 技術の伝承と言う言葉を聞きます。錦帯橋の架け替えは、この技術の伝承の範疇に入ります。全く同じものを造ることは無論できないことですが、使用する材料や寸法の決定には相当な注意が払われたものと思います。こうして、錦帯橋は伝承されてきました。
 しかし、錦帯橋を詳細に調べてゆくにつれ、一つの大きな疑問が生じてきました。つまり、今日の錦帯橋は創建当時の設計思想や設計コンセプトを本当に忠実に伝えているのだろうか、と言うことです。いくら型板で細部の寸法の伝承をしている、と言っても、最初の型板が今日まで伝えられているわけではありません。型板の変形や、製作時の誤差等々が例えわずかでも積み重なり大きな誤差へとなっている様に思います。聞くところによると架け替え修理の時かつては経済面から再利用できる部材は再利用されたこと等を考えると、錦帯橋の細部の寸法は次第に変化していると考えても間違いはなさそうです。
 今日の錦帯橋を眺めながら、脳裏をかすめることがあります。生活がかかっていた時代の錦帯橋の架け替えは短期間に集中して行われたはずです。今回の平成の架け替えは、たっぷりと十分な時間をとって架け替えがなされます。すなわち、我々技術者に考察の機会を与えていると言うことです。実に意義深いことと思います。
 従って、今回の架け替えでは、錦帯橋の歴史始まって以来の架橋が出来ると言うことです。すなわち『考察的架け替え』が出来るし、また、これが、なされなければならないと思います。これを、具体的に表現すると次のようになります。

■1 錦帯橋の初期の設計思想、設計コンセプトを十二分に探り、その意義を明確にする。
■2 錦帯橋の設計図を細部まで明らかにし将来に分かりやすく残す。

この2点は、これまでにも色々な角度から検討されたのでしょうが、残された資料はほとんどないと言っても過言ではありません。

そこで、今回架け替えられるアーチ部分に付いて私は一つの仮説を立て、考察を進め、『錦帯橋』誕生の真相に一歩でも近づければと思っています。

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仮  説

『錦帯橋の設計コンセプトは単純明快である』

よって、『錦帯橋』の全体の形状、各部材の寸法や、
その配置された位置には、単純明快な法則がある。

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 『錦帯橋』創建を果たした先人の英知を『真』に『承』る、ことなしに、技術の伝承はあり得ないと、私は痛切に感じました。
 表記の『真承』は『錦帯橋』が私に教えてくれた大切な言葉です。今後、この仮説をもとに考察した結果を、順次報告いたします。

『真承』


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